バイオエタノール問題を考える
今本当に大切なことは何か? SS業界の立場から考える
拝啓 あなたは1月並びに新燃料関連企画の 番目のお客様です。(掲載開始時27500)
明けましておめでとうございます。さて昨今新聞等でバイオエタノール問題が載らない日はありません。
その導入をめぐって今年度の予算要求の思惑の中、環境省、農水省、経産省が、昨年、各省各様の
考え方を発表しました。しかし本来は我々SS業界が当事者のはずです。やや蚊帳の外に置かれた感は
ありますが、新年に当り、当事者としてこの問題を勉強してみたいと思います。 文責 垣見裕司  Ver4

バイオ燃料とは何か

まずアルコールとは何んでしょうか。これは炭化水素の水素原子を水酸基で置換した化合物の
総称で、糖の発酵によって作られます。メチルアルコール(メタノール)・エチルアルコール
(エタノール)等がその代表ですが、油脂や蝋(ろう)として自然界に多く存在します。
またエーテルとは、2個の炭化水素基が酸素原子1個と結合した化合物の総称です。
一般に中性で芳香のある揮発性の液体で、主にアルコールを原料として作られ、エチルエーテル
等を言います。石油業界では、エーテルのオクタン価が高い性質を利用し、MTBE(メチルター
シャリーブチルエーテル)やETBE(エチルターシャリブチルエーテル)等が、ハイオクガソリンの
オクタン価向上剤として使用されてきました。但しMTBEは、欧州に於いては継続して使用され
ているものの、米国では臭気問題、日本では、高コスト問題で、使用が中断されております。
 このエタノールは、サトウキビやとうもろこし、また草木等をセルローズ化し、糖発酵を経て
製造することが出来るので、バイオマス燃料とか、単にバイオ燃料と呼ばれたりしています。

カーボンフリーは(京都議定書の契約上のキーワード)

これらのバイオ燃料の利点は、何と言っても京都議定書で温室効果ガスの排出源として
加算しない」と認められた事です。それは燃料の元となる植物が、炭酸ガスを吸収して酸素
を生成する光合成により作られた為です。しかしC02のゼロカウントというのは条約上の話です。
では、実際のCO2削減割合はどうなのでしょうか。
 サトウキビの方は、処理時に出る残渣物をボイラーで燃焼させ、生成に必要な電気や熱を
取り出すなど、環境と生産コストの低減に努力しているので、刈り取り時のトラクターや輸送
時の石油燃料を考えても、CO2削減割合は約9割まで行く、と言われています。
 しかし「とうもろこし」の方は、糖化という工程がもう一つ加わり、その糖化にもエネルギーを
要するので、実際のCO2削減割合は大幅に減り、3-4割程度しかないとも言われています。

政府の公式見解と石油元売の対応は

現在までの政府の公式見解としては、「2010年に50万KLを供給する」ことが京都議定書の
目標達成計画の中でうたれています。石油業界としては、これを受けて、元売団体である石油
連盟が主体となり、ETBE方式にて年間36万KLの供給を目指し、2007年4月より、その
試験供給を開始することで、既に準備に入っています。
 ちなみにこの「36万KL」という数字はどこから出てきたのでしょうか。聞くところによれば、
日本の年間ガソリン総需要を6000万KL。その内ハイオク比率を20%として1200万KL。
そのオクタン価向上剤として3%混ぜることを想定したので、36万KLだそうです。

 ETBEは、ブタンを異性化させたイソブテンとエタノールを4対3の割合で混ぜて製造します。
何故ETBEなのかという理由については、もう一つの原料である、イソブテンが石油系燃料で
あることも一つですが、最大の利点は、「ETBEの性質がガソリンとほぼ同じ」なので、技術的
には既存インフラが、アルコールの直接混入方式と違って、そのまま使えることだと思います。
 このETBEの唯一の問題は、人体に対し「全く無害である」ことが、まだ証明されていないので
化審法における「第2種監視物質」と判定されていることです。従って「リスクアセスメント」が
必要な事、ハード面においは、例えばガソリンタンクをすべて二重殻にする必要がある等、
漏洩防止のための投資コストが、非常に高くなる可能性があるのです。
 しかしこう書いてしまうと、ETBEがとても危ない物質のように思えてしまうかもしれませんが
この法律は、「疑わしきは厳しく対処」というフェールセイフ的な発想なので、仮の基準は、最も
厳しく設定されているとお考え下さい。今後の正しい検証の結果を待ちたいと思います。

アルコール直接混入を主張する農水省と環境省

経産省や石油業界は、ETBE方式を検討しているのに対し、環境省や農水省は、エタノールを
直接混合する方式を想定しています。しかしエタノールを混合したガソリンを、既存インフラで、
自動車用に使うには、実は様々な問題があります。
 その一つはその腐食性です。アルコールは水にとけるので、ガソリンに少し混ぜたその時から
ガソリンは親水性となり、水を含む可能性が増大します。これはコップでガソリンタンクに水を
入れる悪戯という意味ではなく、湿気の多い日本での寒暖の差がある時、露つき現象がガソリン
タンク内で起こり、それが徐々に貯まる、或いは大雨時等にSSの地下タンクに雨水が混入する
ことを心配しています。
 このガソリンに入ってしまった水は、燃焼時の高温高圧では、高度の腐食性を有します。また
アルコールを含有したガソリンは、有機溶剤と同様の性質を持つので、パッキン等のゴムや
エンジン内のアルミ部品等を腐食させる可能性もあります。
 実際、過去に高濃度のアルコールを含むガイアックスというガソリンが販売された時、一部の
車で、火災事故等が発生し、大問題となったのは記憶に新しいことです。
 その時、自動車メーカー各社は、「高濃度のアルコール混合燃料を使用しないで下さい」と
緊急の呼びかけを行い事は収まりましたが、この事態を踏まえて品確法が2003年8月に改正
され、ガソリンでのエタノールの含有率は3%(E3)までと決められたのは、ご承知の通りです。
 この腐食性の問題を解決するには、アルコール含有ガソリンの使用を前提としたエンジンを
作れば良い訳で、ブラジル等では既に販売されていますが、日本車では、まだありません。

年間600万KLは、どこから出てきた数字なのか

このような技術的背景があるにもかからず、農水省が「年間600万KL」をそれも「国内生産で
確保する」と、経済財政諮問会議で発表したので一時大騒ぎとなりました。この600万KL案
の根拠は、ガソリン年間総需要6000万KLの10%を「E10」で実現したいとの考えのようで、
同時に品確法のガソリンのアルコール含有率の上限をE10に拡大することを狙っています。
それなら「エタノールガソリン対応エンジンが出来た後にE10まで緩和すればいいではないか」
と思うかもしれませんが、10%等の高濃度になると、もう一つ「相分離」が問題となってきます。

 一般のガソリンに不幸にして水が10%混入した場合を考えてみます。水とガソリンは混ざらず
水はガソリンより重いのでタンクの下に貯まります。これを想定してエンジンにガソリンを送る
給油パイプは、タンク低部より少し高い位置にあり、水の吸い込みを防止しています。
 しかしエタノールを10%含んだE10ガソリンに、水が10%混ざるとどうなるのでしょうか。実は
「ガソリン」単体と、「エタノール・水の混合液体」に分離し、後者がタンクの底にたまります。
この混合液体の液面の高さは、先程の一般のガソリン時の水面の高さより、高くなるので
もしこのエタノール混合水をエンジンが吸い込むと不具合を起こします。またエタノールの
抜けてしまったガソリンは、オクタン価が低下するので、エンジンは、ノッキングを起こすか
パワー不足となります。実際、昨年行われたE5の実証実験でも、雨や露つき現象でSSの
地下タンク内でこの相分離が起こってしまう寸前の事例も見られたそうです。
 結局、この600万KL発言は、参議院選挙を狙った国内向けの農業政策としての補助金を
狙った農水大臣の個人的見解ということで、一応落ち着いたことになっています。

世界のエタノール需給状態はどうなのか

では世界のエタノール事情を、少し調べてみましょう。
データは古くて恐縮ですが、2004年のエタノールの年間生産量の推定は約4000万KLです。
第1位はブラジル1580万KL、2位が米国の1400万KLとなつています。ブラジル国内の需要は、
飲料用と工業用を合わせて80万KL、一番多いのは燃料需要で1260万KL、その残りの240万KL
を輸出しています。
 同様に2位のアメリカも、飲料用と工業用で130KL、1330万KLはやはり燃料用です。
そして足りない60万KLは、輸入している言わば輸入国です。第3位は中国。生産量は340万KL
と少ないので、結局、輸出余力があるのは事実上、ブラジル1国だけと言って良いでしょう。
 ちなみにブラジルは産油国で、2004年は180万BDを生産しています。その内23万BDを
輸出しているものの、47万BDの輸入もあるので、ネットでは原油輸入国です。
 従って原油が高くなれば、当然輸出するエタノールは、より少なくなり、価格高騰するでしょう。
ブラジル政府は、2011年は輸出向けエタノールを現状比約280万KL増産するとしていますが、
エネルギーを爆食する中国のニーズもあるでしょうから、日本が適価で将来に渡って安定的に
購入出来るという見通しは、「甘い」と言わざるを得ないでしょう。そもそも石油でさえ、中東
依存度が高いとかホルムズ海峡リスクがあると、お叱りを頂いているのですから、輸出国が
ブラジル1国しかないエタノールを近未来の燃料とするのは、やはり危険が残ると思います。

 諸外国におけるバイオ燃料への導入状況、出展F.O.Lichht’s他 ぜんせき新聞推計
ブラジル 米国 ドイツ フランス スウェーデン 日 本
導入方法 直接混合 直接混合 ETBE ETBE 直接混合 直接・ETBE併用
BE生産量 1670万Kl 1500万KL 15万KL 13万KL 16万KL 30KL
主な原材料 サトウキビ トウモロコシ ライ麦小麦 てんさい小麦 小麦 サトウキビ廃木材
混合率 20−25% 10% E分で5% E分で3% 5% 上限3%
税制優遇 15円/L 16円/L 90円/L 53円/L 90円/L 現在なし

エタノールのコストは

 さて肝心のエタノールのコスト面は、どうなのでしょうか。これは色々な試算がありますが
現地で実際に販売されている価格を調べてみると、ブラジルでは30円/L、米国では45円/L
だそうです。米国では、これでも高いので16円相当の補助金を出しています。この補助金
という意味では、実はドイツが90円も出していて、最も高額となっています。
 では日本に輸入した場合のコストを考えてみると、タンカーで地球を半周して輸送する必要
があり、更に国内タンクも整備しなくてはならないので、最終的な輸入エタノールのコストは
70-80円/Lにもなると言われています。国内生産では、更に高く100円以上と聞いています。
 一方、原油高騰で高くなったガソリンも、税抜きならまだ60円/L。このコスト面だけでも、
エタノールを本格的に普及させるのは、簡単に行かないことがお分かり頂けるでしょう。
 またエタノールを直接混入する場合は、水を混ぜないという品質管理を徹底する必要があり
製油所で予め混ぜて出荷するのではなく、油槽所等から出荷する直前にソリンと混ぜる必要が
あるそうです。
 またSS段階でも、雨水等が絶対タンクに入らないような構造にすること。有機溶剤と同様の
性質を持つ事への対策としては、タンク、配管や給油設備等の大幅な変更が必要となります。
 更に最初にご説明したETBE案でもやはりタンクを二重殻にする必要があるなど、バイオ
エタノール問題は、莫大なコストが掛かることは間違いありませんが、今のSS業界は全く
それに耐えられる収益状況ではないことは、いつもご報告している通りです。


2007年度はどのような実験が行われるのか、財務省の予算原案から分ること

改めて申し上げるまでもなく、私は、石油村の人間です。「客観性や公平性」を保つように書いて
はおりますが、それにも限界があるでしょう。その意味では、「国」がどう判断しているのか、良い
悪いは別として、政府の財務省の予算原案から、2007年度にどの様な実験検証が行われる
のか、見てみましょう。

担当省庁 予算(千万円) 補助金の用途・内容
経済産業省 95 石油元売 ETBE導入(SS改修費他)
76 E3利用の実証試験(沖縄宮古島)
環 境 省 278 地域でのバイオ燃料実用化事業
80 バイオディーゼル関連
農林水産省 850 バイオ燃料プラント建設(北海道)
210 資源利用の可能性のある農産物研究

この予算を見て気がつくのは、農林水産省の力の入れようです。
北海道の十勝の地元農協が作る大規模なエタノール工場や苫小牧と釧路の工場へも
補助金で支援、ここで作られたE3は、地元農協SSで販売されることになっています。
また沖縄の宮古島では、サトウキビの残渣からエタノールを作り、島内18のSSに、E3を
供給していますが、このプロジェクトには、環境省と経済産業省が、ともに支援しています。

このような問題にこそ、ガソリン税暫定税率分の充当を

誤解の無いように申し上げますが、私はバイオマス燃料に悲観的な訳ではありません。
ETBE方式とエタノール直接混入方式の2通りあるのは、残念ですが、大昔のVHSとベータの
ように、車が使えない訳でないので、実証試験段階では、やむを得ないでしょう。
また沖縄宮古島にしろ北海道にしも、輸送コストが少ない地産地消プロジェクトも大賛成です。
 但し、立ち上げ時や最初のインフラ整備にはどうしても多大な投資が必要です。特にSS段階
では、地下タンクの二重殻化や計量器等の機器対応コスト等々は1SSあたり数千万円かかる
と言われており、現業者として一番声を大にして申し上げたいことです。しかし常々申し上げて
いるように今のSS業界にはその余力は全くありません。
 我々SS業者の本音を申し上げれば、もしタンクの二重殻が補助なしに法律で強制されたら、
元売子会社特約店でもない限り、その猶予期間の最終年で閉鎖して、SS業界から撤退しよう
と業界の半分を占める販売店クラスの方は、間違いなく思っていることでしょう。

 ではどうれば良いのでしょうか。これはあくまで私見ですが、2008年3月末にガソリン税の
暫定上乗せ分の25.1円、年間6000万KLとすれば、1兆5千億円。この暫定税率分を全て
とは申しませんが少なくとも道路財源の余剰分は、減税すべきだったのではないでしょうか。
また極めて残念なのは、マスコミの論調です。「一般財源化に賛成か反対か」という安易な
説明で、「減税」という本来、最も重要な選択肢が抜けていたのではないでしょうか。

このバイオ燃料や総合的な環境対策を、日本として本気で普及させようと思うなら、道路整備
に不要となった財源を、石油業界とSS業界のインフラ整備にすべて使うくらいの覚悟が、国も
業界もそして国民にも必要であると思いますが、皆様は如何お考えでしょうか。
本年もどうぞよろしくお願いします。