日本のエネルギー国家戦略を考える
 燃料油価格激変緩和、初の原油国家備蓄放出他
あなたは今月企画の番目のお客さまです。 2021/12/01  Ver1
例年12月は業界重大ニュースを振り返るのですが、今正にエネルギー業界は
100年に一度の大転換期を迎えているような気がします。
衆議院選挙の結果、一部に新旧交代の流れもありましたが、結果としては
自民党の絶対安定単独過半数の獲得ですから圧勝といっていいと思います。
しかしエネルギーの全体像について確たる国家戦略が見えてきません。
今年の最後はエネルギー業界から見た天下国家を考えてみたいと思います。
                      2021/12/1 文責 垣見 裕司

岸田政権の目玉は
今回の岸田政権の目玉は「成長と分配」他色々あると思いますが、
私は科学技術や宇宙政策を含む「経済安全保障」を考える内閣府
特命担当大臣を置いたことだと思い高く評価します。
現在は世界的な半導体不足となり、世界や各業界で取り合いし、
車を始め電子機器を使う多くの製品の生産に支障をきたしています。
近未来はDX時代。携帯の5Gも含めICチップは正に電子製品の
心臓部なのです。
このような経済の核となる基幹部品を自由主義経済の名の下に
安い中国製を選んできた結果、日本国内の工場も海外に移転せざる
を得なかったのでしょう。
コロナワクチンも同様で、日本の製薬会社の技術は世界有数だと
思っていたのに国内メーカーでワクチン開発成功はなく、飲み薬の
治験が始まった程度です。
エネルギー戦略のみならずコロナのワクチン開発を拝見しても
日本の行く末が心配です。
理工学部出身の私としては、日本は技術立国で行くしかないと
思います。国内技術を国がもっと支援したり、高くても国内で
一定量生産する価値にもっと早く気づいた方がよいと思います。

日本の食糧自給率

私は還暦世代なので、小学校の頃、世界は米ソ冷戦に代表される
よう、いつ戦争が起こってもおかしく無いと感じる時代でした。
そんな思いがあり、少年ながら社会科の授業で「食糧自給率」という
言葉と数字がとても印象に残っていました。
現在は世界貿易が活発になり、食糧自給率だけで安全保障を考える
のは意味がないかもしれませんが一応調べてみました。
カロリーベースで37%。品目別では、牛肉36%、豚肉50%、鶏肉66%、
牛乳・乳製品が61%。また飼料自給率を反映しないカロリーベースで
食料国産率は46%です。しかし畜産関係の飼料自給率は25%まで
下がってしまうのが日本の実力のようです。
世界戦争になって日本に物資が入ってこなくなったら、日本のゴルフ
場にサツマイモ等を作る法律を急遽制定すれば、日本国民の餓死だけ
はさけられるという話を聞いたことがあります。

エネルギー業界は自主開発比率 

エネルギーにおいては自主開発比率という言葉が一般的です。
2009年までは石油(原油)のみで語られていて2009年の数字は
15.8%でした。翌年からは天然ガスすなわちLNGも加えて算出される
こととなり、2010年で23.1%となりました。そして先日発表された
2020年度の自主開発比率は、前年度から5.9%も向上して40.6%に
まで増加しているのです。これについては関係者のご苦労を高く評価
したいと思います。
しかしこれは海外の産油地や産ガス地で開発権益を持っているという
話なので、あくまで世界平和の平時の数字と認識しておくべきです。

その開発国でもし政変が起ったら、貴重かつ高価なエネルギーを今までの
約定通り安く輸出するのは禁止等のナショナリズムが起きるのは必然です。
またホルムズ海峡封鎖を考えても、中東からの原油は勿論心配ですが、
カタールからのLNG輸入が相当量あることは余り知られていません。
エネルギー自給率でも考える
では世界が有事となり戦闘地域は勿論、日本でも輸入の物流が滞り始めた
時を考えてみます。
コロナ明けの平事でもカルフォルニア港の沖合には80隻以上のコンテナ
船が荷下ろし待ちの影響を受け、米国内では物価が急上昇しています。
エネルギーに限らず全ての物資は、消費者等それを求めている方に
ちゃんと届いてこそ、その価値を発揮するのです。
有事には、石油やLNGタンカーは攻撃の標的でしょうから、無事に日本に
到着する保証はありません。特にLNGの在庫はせいぜい2週間。これは
備蓄ではなく流通在庫なので期待出来ません。そうなると200日分以上ある
原油の備蓄が正に日本のエネルギーの最後の砦なのです。

従って有事は、自主開発比率ではなく国内で賄える「自給率」が大切です。
エネ庁の発表では2014年で6.4%。新潟の原油は微量ですし、千葉の
天然ガスも少量ですが、ダム水力や近年は太陽光等の再生可能エネルギ
ーが、その後の自給率の向上に寄与し、2018年は11.8%とのことです。
しかし下図をご覧下さい。資源のある国は別格としてもOECD35ヶ国の
中で日本は34位と下から二番目という脆弱さです。
確かにICチップとか半導体も大切ですが、エネルギーは現在の日本の
生活や経済活動を持続するために、絶対に必要な戦略物資です。
電気がなければ、更にはエネルギーがなければ、チップがあっても生産は
出来ないのです

石油の一滴は血の一滴。電力は戦力だ

 趣味レベルの話で恐縮ですが、私は日本が80年前、国力が10倍
以上も違う米国と何故戦争をしてしまったのか、戦争をせざるを得な
かったのか。小学校の頃から気になりそれを折に触れて調べてきました。
 結論から言えば、石油や鉱物資源の確保がその理由の一つですし、
開戦も石油他、米国の対日輸出禁止がきっかけで、日本が戦争をしか
けるように誘導されてしまったのだと思います。
昔は本しか資料は無かったのですが今はネットがあるので戦時中の
ポスターを入手しました。著作権は切れているでしょうから掲載します。
「石油の一滴は血の一滴」「電力は戦力だ」。それに引き換え今の日本は
エネルギーはあって当たり前なので、平和ぼけのような気がします。

日本に「エネルギー国家戦略」はあるのか、第六次エネルギー基本計画

今年の10月に第六次のエネルギー基本計画が発表されました。
今回の「計画」に「エネルギー国家戦略的」な内容が含まれていることを
期待しながら業界紙や一般紙を読み始めたのですが良く分かりません。
そこでエネ庁のHPに行ってまず13頁の概要版を見ました。それでも
腑に落ちないので128頁に亘る全文を読みましたが益々分かりません。
まず原発や核燃料リサイクル問題等の根本が不明確であり、再生可能
エネルギーが発電出来ない時のバックアップ電源対策やそのコスト論は
不十分だと思います。
https://www.meti.go.jp/press/2021/10/20211022005/20211022005.html

お叱り覚悟で正直な感想を申し上げれば、過去からの計画を積み上げる
一方、2050年のカーボンニュートラルを見据えて取りあえず2030年の
温室効果ガスの46%削減に何とか数字を合わせたという感じです。
安全保障上の国家戦略の部分は諦めたとして、例えば私がもし国の
執行役員エネルギー部長を拝命し全権を与えられたとしても、今回の
基本計画の柱である2030年温室効果ガスを46%削減しつつ、安価で
安定的な電気や熱エネルギーの供給を出来る自信はありません。

石油やSS業界に限れば、89頁から92頁に亘ってあるべき姿が書かれて
います。要点だけを単語にすると、多角化、事業再構築、EV充電、水素
スタンド併設、省エネ、太陽光設置、地域のコミュ二ティーインフラ。
協業化、経営統合、集約化等ですがこれは改めて特集したいと思います。

コロナ禍における「燃料油価格激変緩和事業」とは何か

11月19日の閣議で、「コロナ克服・新時代開拓の為の経済対策」が
色々発表されましたが、その中で前例の無い、政府が石油製品の
高値を補助金により抑制するとという話が出てきました。
まだ詳細は決まっていないようですが、私が聞いた範囲では
1、石油情報センターのガソリン全国平均が170円を超えたら
2 政府が作った基金から元売(11社)や石油輸入事業者(47社)に
3 最大5円/Lの補助金を支給し
4 卸価格を同額下げを要請する(出光やENEOSは協力を表明)
5 早ければ12月から実施し期限取りあえず来年3月までの時限的
6 但し末端価格には関与出来ないので末端価格が下がるか不明
  一方SS業界からは、歓迎する声もある反面
@ 何故170円なのかの意味が不明確。
A 既に170円以上で売っている販売コストの高い都心や島嶼部SS
   では、消費者から170円以下に下がると誤解される可能性がある
B そもそも国が経済原則で決まる価格に関与すべきではない
C 高いガソリン税や、現在凍結されている暫定税率を下げる方が
  先という賛否両論あるのも事実です。

私の感想としては、月間1000km走るヘビーユーザーでも燃費20km/L
なら月間50Lですので、一人当たりの補助金総額は月額250円です。
一人当たり5万円+5万円相当のクーポン券支給と比べれば、格段の
差があるので、経済対策というより参議院選挙対策なのかと思います。
ただ使用量が多いハウス農家や、漁業関係者には朗報かもしれません。
もっともその後、オミクロン株の恐怖から株価も原油価格も少し下落しま
したので、今回の措置が発動されることはないかもしれません。
 私が入手した当局発表の説明資料は以下の通りです。


米国からの要請で、初の原油国家備蓄放出決定。その影響は?

 原油価格が高止まりしていた11月23日。米国バイデン大統領は突如
日本、英国、中国などともに石油の戦略備蓄を放出すると発表しました。
 報道によればその数量は、米国は今後数ヶ月で5000万バレルの放出。
以下インドは500万バレル、英国は150万バレル。日本は色々な数字が
言われていますが、2日分程度67万KL(470万バレル)が有力です。

では現在の日本国内の備蓄はどうなっているのか。9月末現在の下記の
通りです。国家備蓄原油は通常年3〜4回、毎回20〜30万KLの規模で
入れ替えているので、来年春に予定していた分を前倒して実施する。
油種等を今後吟味し、価格は入札方式で決定するのだそうです。

過去には、民間備蓄義務量の一部引き下げという形で、1979年の第二次
オイルショック、1991年の湾岸戦争、2011年の東日本大震災の時、或いは
リビア情勢悪化時などに民間備蓄を放出したことはありますが、国家備蓄
の放出は今回が初めてのことになります。
2021年 民間備蓄 国家備蓄 産油国共同 合計
9月末 原油 製品 合計 日数 原油 製品 合計 日数 原油 日数 数量 日数
万KL 1142 1688 2773 90 4545 143 4461 145 201 6 7425 242

産油国の主張と米国の主張。原油備蓄は放出は業界人でも賛否両論

今回の問題で正確に報じられていない事が、私は二つあると思います。
一つは産油国の主張です。中東等のOPEC諸国と非OPECのロシアなどで
作るOPECプラスは、実は8月以降毎月40万BDの増産をしているのです。
もう一つは米国内の生産量の低下です。一昨年のトランプ大統領時代は
1310万BDも生産していました。(米国内の消費は約2000万BDです)。
バイデン大統領に変わったのとコロナで国内消費が落ちたのをきっかけに
一時970万BDにまで低下しました。しかしバイデン大統領は脱炭素に政策
転換したので、米国内の新規のシェールオイルガス開発やその許可に
消極的で、現在は1150万BDまでにしか、回復させていないとのことです。
以上を冷静に分析すれば、原油や資源価格高騰の理由は、米国の生産量
の急減であり、過度の環境優先政策の弊害とも言えるかもしれまん。
また以前はOPECやOPECプラスが持っていた原油価格決定権を、一昨
年まではシェールオイルとシェールガス開発で、消費国でもある米国が
世界第一位の産油国となり、それを取り戻した訳ですが、たった2年で
OPECプラスに戻ってしまったと言えるかもしれません。
原油価格は、短期においては投資市場が色々情報を操作して決めている
と思います。昨今の原油高値後の反落は、国家備蓄原油の放出の影響
ではなく、オミクロン株の脅威による、消費減退の観測でした。
しかし投機筋が支配出来るのはやはり短期だと思います。長期において
は実際の原油の等の需給バランスで価格が決まると信じています。

今回の原油の国家備蓄放出について身近な業界人に色々聞きましたが
皆様賛否両論で、賛成や反対、どちらかに偏る事はありませんでした。
 では私はどうなのかと問われれば、過去に一度も実施したことのない
国家備蓄の放出を、本当の数量非常時の訓練として一度経験する
という意味はあったと思います。しかし価格抑制策としては疑問です。

でも私の最大の心配は、化石燃料資源を自国内に全く持たない日本として
今までは産油国とは蜜月関係でやって来た訳ですが、産油国を怒らせる
ような方針に転換して問題はないのかということです。
特に「備蓄放出」は長期かつ何度も出来る対処方法ではありません。
自国に資源を持ち、最悪は資源開発を再開すればいい米国と共同歩調
をとれるだけの実力が今の日本に本当にあるのかも考えさせられます。

環境面も含めた実現可能な「エネルギー国家戦略」が必要

昨今の資源価格の高騰を受け、良くも悪くも再び石油や化石燃料が
注目されるようになりました。しかし今のマスコミ報道は一部を切り
取ったもので、全体を正しくは伝えていません。
従って、私は、何度も、繰り返し、申し上げたいと思います。
仮に2030年に温室効果ガス46%削減を達成しても、石油の使用量が
46%減る訳でもないし、2050年のカーボーンニュートラルを運良く達成
出来たとしても石油やLNGの使用量がゼロになる訳ではありません。

CCUSによって化石燃料から産出されるCO2を地中に埋めるなどして
カーボンフリーになったブルー燃料に変わるだけのことで、その性状は
今のガソリンやジェット燃料とほとんど代わりはないと思います。
そうです。2030年や2050年でもやはり原油やLNGは必要なのです。
その開発には、シェールオイルやガスなら3年で可能かもしれませんが
原油は5年、LNGは10年の長期スパンでの投資が必要なのです。

しかしESG投資や環境という美名の元に、化石燃料を扱う会社の
株が売られています。業界NO1のENEOSの株価は12月1日現在
426円ですが、配当率で逆算すると5.16%もの利回りになります。
金利安なので銀行から仮に0.5%で借りたとしても10倍の利益を生む程
売られてしまっているのです。これでは安心して将来の原油開発投資は
出来ません。
再生可能エネルギーが、太陽光が発電出来ない夜間や風力発電の
弱点である無風の時でも、電気の安定供給が出来るようになるまで、
化石燃料を如何に安く調達してくるのか。今こそ今後30年のエネルギー
国家戦略を構築する時だと思います。

COP26解説や第6次エネルギー基本計画解説

今月は枚数オバパーなので、来年以降挑戦します

石油連盟様のご依頼で今年もWeb講演お引き受けしました

昨年に引き続き2年連続での講演依頼を光栄に存じます。
今年度
 2030年 2050年カーボンニュートラルと
   ガソリン新車販売禁止問題をどう乗り切るか

昨年度 どうなる・どうするエネルギー業界2021〜
   コロナ禍の需要減や人手不足、採用、人材育成にどう対処するか〜

今年度は昨年度の内容と、8割近くを変更しなてくはいけないくらい、
カーボンニュートラルや環境問題への検討や対策が必要となりました