水素直接燃焼エンジンへの期待とその限界
 
トヨタ水素エンジン車24時間レース完走報道にひと言 
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前月に引き続き、今月環境ネタ問題です。
トヨタが5月21日から開催されたスーパー耐久シリーズ2021第3戦、富士24時間
耐久レースに「カローラスポーツ」をベースとした水素エンジン車で参戦しました。
電気トラブルで4時間ピットに入ったものの無事完走。水素エンジンで公式のレース
に参戦して完走は世界初という話です。この快挙に自動車関連雑誌は勿論、テレビ
や一般紙でも大々的に報道され、トヨタの技術力等を賞賛していました。
 但し水素エンジンの本当の実力というか、その限界を解説した報道は皆無だった
ように思います。私は講演等で「FCVという高価で面倒なシステムではなく、ガソリン
という燃料を水素に変えて、水素エンジンでいいではないか」という質問をよく頂くので
今月のテーマは、実は古くて新しいこの水素エンジンの期待と現実をお話します。

                       Ver3 2021/6/30  1130 文責 垣見裕司

以前からあった水素エンジンン車
実は水素エンジンは1970年頃からありました。マツダRX-8ハイドロジェン
REは、、ガソリンと水素の両方の燃料を切り替えて使えるバイフューエルの
ロータリーエンジンを採用。水素の供給がまだ不安なので両方使えるのは
当時としては必須条件かもしれません。
但し最高出力は水素使用時が109PS、ハイオクガソリン使用時が210PS
とその性能の差は歴然でした。その理由は、水素は燃えやすく燃焼速度も
ガソリンの7倍もあるのですが、その熱量はガソリンの約1/3しかないのです。
その後ハイブリッドシステムを採用した「プレマシーハイドロジェンREハイ
ブリッド」は、2009年に日本国内の官公庁や環境に高い意識を持つ企業
向けにレンタル販売をしたと記憶しています。またまたBMWもガソリンと水素
のバイフューエルの6LV12エンジン車Hydrogen7を限定販売していました。
従って水素エンジンは、以前から開発はされていたのです。


トヨタの技術は絶賛します
この24時間レースに参戦した水素エンジン搭載車は、カローラスポーツです。
エンジンはトヨタHPによれば、GRヤリスのものを転用し、デンソーが開発した
水素インジェクターを取り付けて、水素直噴エンジンとして完成させたようです。
駆動系はGRヤリスと同様の4WDシステムとなっています。
水素タンクや水素をエンジンに導く補機類には、当然新型「MIRAI(ミライ)」
から流用。ミライと同じタンクを2本、ミライのタンクと同じ直径で長さの異なる
タンクを2本、合計4をリアシート一杯に載せています。
トヨタによれば、水素タンクの搭載方法や水素充填エリア等の安全規準等は、
世界的にレースを統括するFIA(国際自動車連盟)と一緒に作り上げたという
ことなので、流石トヨタの技術力とロビー活動力だと高く評価したいと思います。
エンジン音も最高
マスコミ報道も色々拝見しました。富士スピードウェイに来ていた観客コメントでは
エンジン音が素晴らしいとのこと。私もテレビで見聞きの範囲ですが、確かに
エンジン音は素晴らしいと思いました。
またエンジンルーム内の撮影も許されていましたが、ちょっと見た範囲では、
どこが違うのかは分かりませんでした。
でも燃料をガソリンから水素に変えるのは大変なことです。
まず水素は爆発しやすくその燃焼範囲が4〜75%とガソリンの1.4〜7.6%に比べ
圧倒的に広いこと。もう一つは前述の通り、燃焼速度がガソリンの7倍もあること。
これはガス業界ではウォッベ指数と言い、都市ガスとLPガスが同じ器具では
使えないのも、必要酸素量の違いから空気混合比の違いと燃焼速度が違う
という理由からです。いずれにしろ、レースという過酷な条件下で一応の問題を
克服したトヨタの技術力には深く敬意を評する次第です。
マイナス面の報道は少ない
しかし一応エネルギーの専門家としては、水素エンジンの短所というか、マイナス
面もしっかり報道して欲しいと思います。
まず燃費です。新型ミライでは3本で170L。約700気圧で5.6kg。そして航続距離
700km以上です。今回の水素カローラはミライと同等が4本なので更に大容量の
はずですが1回の走行可能距離は1周約6kmの富士スピードウェイをたった10周
しか出来ないほど、超低燃費なのです。
観客席前のストレートでは最高時速200km。1周は約2分なので、20分に1回の
給油ならぬ給水素が必要です。更にその給水素時間も問題です。
F1ならピットタイムは1桁秒ですが、今回の給水素に必要な時間は約7分。
また差圧の問題と思いますが必要量を確保するのに二箇所のディスペンサーで
3分ずつ2回の作業が必要なのです。
従って1回の給水素で.5周分遅れるのです。よって目的は挑戦と完走でしょう。

広報やアピール目的に限れば納得
もっとも広報やアピール目的と考えると納得する点が更に増えてきます。
まず使用した水素は、福島県双葉郡浪江町にあるFH2R(福島水素エネルギー
研究フィールド)において太陽電池で水から製造された100%カーボンニュー
トラルのブルー水素です。
富士スピードウェイでは給水素ブースを作りましたが、この安全基準もFIAと協議
して作成しただけでなく、その給水素作業をお客様から見える位置に配置して、
昼も夜もそれこそ翌朝もその安全性をアピールし続けたのです。
またドライバーの中に、豊田章男社長自らも「モリゾウ」と称してレースに参加し、
記者会見でも以下のように語りました。

「環境車はEVしかないというのは明らかな間違い。自動車工業会の会長としては、
EVのみになったら自動車産業で100万人の雇用が失われる。燃料を水素に
変えればCO2は出さないし既存の技術も活かせる。色々な選択肢はあっていい」

実は、明治時代の移動手段は、基本は馬や馬車でした。それがフォードの大衆車
の普及で自動車が一般化しましたが、最後に残った馬の需要は競走馬でした。
従ってガソリン車も最後まで残るのはレース需要だ。これも豊田章男社長から
以前に聞いたお話です。
正に今回の水素エンジン車もコストは全く関係ないレースなのでアピールとしては
最高の舞台だったかも知れません。
 「雑誌選択2021.6月号」は辛口なれど、意味が違う
そんな時、当HPファン様から「雑誌選択6月号が辛口ですよ」という情報を頂いた
ので、早速読んでみました。一部抜粋すると
「ここまであからさまだと笑えてくる。」
「カーレースでは「公私混同」」
「少年漫画のような筋書き」
「緊急事態宣言下に挙式披露宴を強行」
 豊田家と章男社長の見識が問われそうだ。
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記事としては大変面白いのですが、環境問題等の突っ込みではなかったので
上記のタイトル抜粋で、その紹介を終えたいと思います。

水素エンジン車は普及するのか 私見としては極めて難しい

では水素エンジン車が普及する日は来るのでしょうか。私はFCV以上にその
ハードルは高いと思います。その第一の理由は効率です。WtoWで考えた時、
水素を作るまでの効率は同じとしてその先を考えます。
FCVの構造は、水素→電気→モーターなので、FC+モーターの効率を約60%
とすれば、損失は約40%となります。

一方ガソリンにしても水素にしても内燃機関のエネルギー効率はせいぜい30%
なので約70%も損失が発生していることなり、FCVには勝てないのです。
もう一つは水素脆化という問題です。水素は宇宙で最も軽く小さな原子なので、
高温高圧かつ振動下では、その水素原子が金属の中に徐々に取り込まれ、
金属をもろくしてしまう性質があります。24時間は大丈夫でも15年30万kmは
未体験領域です。
これは物理現象なのでトヨタの技術でもその性質を変えることは、簡単には
出来ないでしょう。

以上マスコミ様には、発表元の情報に色をつけただけで報道するのではなく、
長所や短所、そしてコスト等も含めて、その両面を報道して頂きたいと思います。